オバQの連載開始秘話

『週刊少年サンデー』編集部に出入りしていた子供が持ち込んだ自筆のお化け漫画「ケバ男くん」を見た編集者はお化け漫画を連載することを提案し、藤子Fが怪談やオバケ好きと聞いてオバケを主人公にした漫画を依頼したという。

藤子Fと藤子Ⓐは当時作ったアニメスタジオ「スタジオ・ゼロ」へ小田急線で通勤中に小田急→オバQ→「オバケのQ太郎」というタイトルを思いついた。以上は藤子Fの描いたマンガ『スタジオ・ボロ物語』やTBSにて2008年4月12日放送の番組『ブロードキャスター』における藤子Ⓐのインタビュー発言によるものだが、タイトルの由来については、これとは異なる説明もある。

それは藤子Fと藤子Ⓐが共同で執筆した自伝『二人で少年漫画ばかり描いてきた』によるもので、まず最初に『オバケの○太郎』というタイトルが決まり、○の部分にはめる言葉を探していたとき、小説家の安部公房の本をパラパラとめくっていたら、Qという文字が目に止まり、愛敬のある文字だという理由でQ太郎になったというものである。『アサヒ芸能』2002年9月5日号の藤子Ⓐへのインタビュー記事やNHKラジオでも同様のことが本人の口から語られていたことがある。連載1回目の「忍者ごっこ」のストーリーは、ゼロの事務所のそばで、忍者ごっこをしている子供達を見てそのまま決めた。

猿の技

プロゴルファー猿の技として、いくつか挙げてみた。

旗つつみ

猿の最も得意な技であり、作品中頻繁に登場する。カップの上で風にはためく旗にゴルフボールを命中させる。ボールは旗に包み込まれそのまま落下してカップインする。当然ながら無風の日や、風が舞い乱れている日にはこの技は使えない。作中では先に打った敵ゴルファーのボールで旗竿を折られたり、最初から旗の中央に穴が開けられたり、旗を鉄板製にして技を封じられたこともある。類似の技でピン(カップに刺さった旗ざお)に当ててそのままチップインさせる技もある。作者いわく自らゴルフをしていた時に、偶然ボールが旗に当たり包まれたのが元だそうだ。

岩返し

岩にボールをぶつけて、その跳ね返りで狙った場所にボールを落とす。もず落とし上空を飛ぶモズを打ち落とす程高く打ち上げ、そのまま急降下させる打法。林や障害物を越える際や飛距離を加減する場合に使用。ブレーキ打ち木の枝などの障害物を貫通させる事で飛距離を調節する打法。

ついでにとんちんかん

ついでにとんちんかんの連載当初は、「怪盗とんちんかん」が大富豪の邸宅にあるゴミに等しいものをわざわざ予告状まで出して盗み出す、ドタバタなギャグストーリーだった。

そういえば、そうだったな。

その後、次第に学園もの・クイズ・各キャラクターに焦点を合わせた話などにシフトし、盗みに関する話は少なくなる。そのことを自身でネタにもしており、珍しく盗みの話が連続すると「2週続けて盗みネタが…」と作者が出てきて言う場面もある。

連載終了から約3年後、『ブイジャンプ』などで『とんちんかん2』という読み切りを経て、『月刊少年ジャンプ』で続編にあたる『ミラクルとんちんかん』を発表している(連載期間2年8ヶ月、単行本は全5巻(本編全4巻と番外編『オリジナルクエスト』1巻))。

ストイックな中に

ルパンの声で有名だった(故)山田康雄。

彼は相当ストイック且つ拘りが強く、自分の事を「声優」と言われるのが嫌いだったそうだ。

声優ではなく、役者がその一部である声を扱っているのだ、と。

また、意外な事にアニメが嫌いでアニメ批判をかなりやっていたらしい。

そんな山田とルパンの出会いのきっかけは、舞台『日本人のへそ』(井上ひさし原作)。この劇での役作りに悪戦苦闘していた山田に、知り合いのスタッフが「参考になるから」と手渡したのが『漫画アクション』から切り取った『ルパン三世』だった。最初「漫画でアドバイスはないだろう」と思っていた山田だったが、読み始めるとたちまち夢中になり、毎週『漫画アクション』を買い、作中のルパンの「エッセンス」を自らの役にも盛り込んでいったという。

つのだじろうが

つのだじろうは東京の下町に育つが、小学二年で家族で福島県に疎開。戦後の中学二年のおり東京に戻り、新宿区立淀橋中学校、東京都立青山高等学校卒業。

高校在学中に漫画家の島田啓三に師事し、昭和30年(1955年)、『漫画少年』に「新桃太郎」が掲載され漫画家デビュー。この作品はわずか3ページほどの短編であるが、師である島田から何度も書き直しを命じられ、苦心の末投稿を許されて掲載されたものだという。

やがてその繋がりで新漫画党に入党。豊島区のトキワ荘に通う事になる。当時は生真面目な青年で、トキワ荘仲間(新漫画党)の活動方針の違いに激怒し抗議文を書いて飛び出すが、藤子不二雄(藤本弘)から返書をもらい、心機一転。戻ってきた時に彼らの漫画に対する情熱を目の当たりにし、それからというものトキワ荘仲間の「道楽派?」になる、というエピソードは語り草となったそうだ。

一番長い道具の名称は

ドラえもんの道具の名前について。

一番長い名称の道具は「狂音波発振式ネズミ・ゴキブリ・南京虫・家ダニ・白アリ・虫退治機(きょうおんぱはっしんしきネズミゴキブリなんきんむしいえだにしろアリむしたいじき)」で、かな表記にすると39字になる。

2番目に長い名称の道具は「磁石式四次元通過方式採用瞬間移動ベルト(じしゃくしきよじげんつうかほうしきさいようしゅんかんいどうベルト)」で、かな表記32字となる。

同じ藤子作品の漫画『てぶくろてっちゃん』で主人公.てっちゃん(てつお)が不思議な手袋で作った道具に本作のひみつ道具に類似したものが多く登場しており、道具にまつわる藤子Fの漫画の先駆けとも同作のこれらの道具が『ドラえもん』の道具のヒントになったとも言われている。藤子・F・不二雄ミュージアムでも同作をF作品の原点として捉え、『ドラえもん』と並べて比較できるように紹介している。

その後のザ・ニンジャ

地獄の六騎士でアシュラマンに次ぐ人気があったというザ・ニンジャ。

ソルジャーチームで王位争奪編にも登場したが、その後は二世の中でどう描かれているのだろう。

キン肉アタルとのチームを忘れられなかったザ・ニンジャは彼と超人警察隊(ちょうじんアンタッチャプル)を結成。多くの宇宙に散らばる悪行超人捕縛に活躍する。キン肉星に攻め入ったノーリスペクトの1人・ハンゾウと対峙するが、ニンジャは心の奥底にある恐怖心から部隊の先陣を切らなかったために、愛弟子のコクモを殺される。その後ハンゾウを逮捕するが超人警察隊を解散し、以後は賞金稼ぎとして活動する。

その10年後、キン肉アタルが甥・キン肉万太郎のK.K.D修練のためにノーリスペクトを逃がしたと聞き、ハンゾウを追って日本へ向う。老いながらも未だ現役であり、得意の忍術はさらに磨きがかかっている。忍者着は肩の部分が逆立ったデザインに変更されている。京都・清水寺でハンゾウと闘うも、顔の皮を剥がされ、肉体も清水寺から転落し滅びたが、魂は生きており、ハンゾウから逃げようとする万太郎に活を入れ、自分の襟巻きを託す。なお襟巻きは万太郎がハンゾウに勝利した後、仮面が割れ焼け爛れた素顔を晒したハンゾウの手に渡る。

悪魔の種子編では、アイドル超人軍としてデーモンシードの1人・ゲッパーランドと戦い窮地に陥ったハンゾウの前に現れ、正義超人としての「折れない心」を説き、ハンゾウを勝利へと導く。